アメリカ生活

そろそろ『ハーフ』という言葉は差別用語として認識されるべきだと思う

こんにちは、Yukaです。

何年も前に、ハーフあるあるの記事を書きました。


それ以降『ハーフ』についてあまり触れてきませんでしたが、
東京オリンピックを来年に控えた2019年に
日本へ帰省した際に、『ハーフ』扱いがあまりにも気になったので
書いてみようかな、と今宵はキーボードをたたいています。


ハーフという言葉の持つ意味

私には、アメリカ人の夫との間に子どもがいます。
一般的に、国際結婚(外国籍の人と日本人との間)で生まれる子どもをハーフと言う認識です。

なので、世論からすれば私の子どもも『ハーフ』というカテゴリーに収まるようです。

ただ私はそれぞれ、自分の子どもの◯◯ちゃん。という認識しかありません。

日本人の多くが『日本人の我が子の◯◯ちゃん』という認識ではなく『我が子の◯◯ちゃん』という認識でしかないのと同様に


ハーフの◯◯ちゃん、という認識は1ミリもありません。

ハーフに対する人権意識が低すぎてびっくり

日本へ帰省中、毎度驚くことですが

街中を歩いていたり、エレベーターに乗っていたり、
買い物をしているだけで『うわ!ハーフや』『あれ、ハーフですか?』

と聞かれるわけです。

3秒我が子を見つめただけで、発せられる言葉が『ハーフ』なのです。

これをなぜ、人権意識が低い、と捉えないのでしょうか?褒め言葉のつもりでしょうか?

他人を見て3秒で『うわ、肌黒いな』とか『あれ、天然パーマ(天パ)ですか?』
『うわ、身長デカ!!!』などと
見た目に関するコメントや質問を、いきなりしますか???
そんな失礼なこと(する人もいるけど)する人がいれば、
他人への尊重、人権意識の低い、マナーのない人だな、と思うだけです。

ただ、『ハーフ』となると、なんだか褒め言葉に認定されているかのように
街中で全く知らない人に平気で声をかけられます。

根掘り葉掘り『お父さんの出身はどこ?』『何人(ナニジン)?』と。

親としては複雑なのです。
生まれ持った見た目だけで、『ハーフ』というレッテルを貼られ
見た目に対するコメント・質問を、躊躇なく他人からされまくられるわけですから。


ハーフの扱いもはや犯罪並!?

ここまでに、ハーフであるゆえに、まちで聞かれる・言われる質問やコメントの
人権意識の低さについて書いてきましたが、
ここからの実体験はもはや犯罪レベルだと思う内容です。

私が娘と温泉に入っている時も、
『ハーフはほんまに色白でいいね。羨ましいわ』と
ジロジロ、まじまじと子どもの裸を興味本位で見てくる人がいて
すぐにタオルで子どもの身体を隠しました。


人の裸をジロジロと見続ける行為って、理由関係なくアウトじゃないですか?
普通に自分がされたら気持ち悪いな、って思いませんか?
その相手がハーフであれば、興味本位だから、で済む話ですか?


息子のオムツ変えをしている時に
外人は大きい(男の子の大事な部分)って聞くけどホンマなん?と
横から覗いてくる、他人の子連れママも居たくらいです。

子育てセンターに行き、そこでも息子のオムツを隅っこで変えて居た時
『外人はアソコを割礼するって聞くけど、この子もしてるん?』
と大事な部分を覗いてくる人がいました。

もちろん、母親である私は眉間にシワをよせ、愛想のない顔をし、
やめてください、とオムツでアソコを隠しましたが。
デリカシーのない非常識な人がいるもんだなとすごく嫌な気持ちで帰ったのを覚えています。

もう一度言いますが、我が子たちはこれらのことを日本で
私も会ったことも喋ったこともない他人から、されています。

なんでも話せる仲良い親友、でもなく、(親友はそんなデリカシーないことしないけれど)
今さっき初めて会った喋ったことのない他人から、です。


ハーフって隠せないから辛い

例えば、地方出身なのを隠したくて、方言を封印することはできます。
宗教の話をしなければ、何を信じているかなんて他人にはわかりません。

でも、ハーフというのは、見た目で判断されていることなので
隠せることではありません。

まず骨格が違うので、メイクや整形でもなかなか変えられないと思います。

ハーフ、ってなぜ、土足でズカズカとコメント・質問しても良い相手とされているのでしょうか?
それが不思議になりません。

それを聞いてなんの得をするのでしょうか。

普段、仕事仲間や友達ともある程度仲良くなってから、
プライベートの話や踏み込んだ話をしますよね。

どうしてその概念が、相手がハーフとなると崩れるのでしょうか?


日本の小学校で受けた扱い

娘は帰省中に、日本の小学校へ初めて通いました。
でも、学校に行って待ち構えていたのは
『うわ!ハーフがきた!』『外人や!』という声とともに次々とジロジロ見られて指される指。

あれだけ楽しみにしていた日本の学校が
娘にとっては一瞬で怖い場所という認識に変わってしまったのです。

珍しいのは仕方がない。
見た目は隠せないのもわかっている。
子供達はただ興味があるだけ。

それはわかっていたつもりですが
実際に、必要以上に注目されていた娘は泣き出してしまい、
怖い、行きたくない、と言うようになってしまったのです。

(その後、子ども特有の順応力で帰省中は楽しい学校生活を送ったわけではありますが)

それを親目線で目撃したとき、
悲しみしか湧いて来ず、ハーフというレッテルを貼られて
日本社会で生きていくのは、まだまだ辛いだろうな、と言う現実を見た時でした。


ハーフに対する扱いは、どうすればいいのか?

普通に、分け隔てなく。
一個人として普通に扱ってほしい。と親は強く願います。

道でハーフを見かけるだけで、うわ!ハーフや!と指は指さない。
これは、道で身長2m声の大きい人を見ても『巨人や!』と指をささないのと一緒。

おそらく抗がん剤治療で髪の毛が一時的に全くなくなったような人をみて
『うわ!はげてる!なんでなん?』ってすれ違い際に他人に聞きますか?

仲良くなってから『そういえば関西弁やけど、何県出身なん?』と聞くのはいいけれど
道を歩いていて、関西弁が聞こえてすれ違い際に『何県出身なん?』と図々しく聞くのは
ちょっと引いてしまいますよね。『ハーフですか?お父さんは何人ですか?』って言う質問はそれと一緒です。

社会で暮らして、人と接する上でのマナーをハーフにも同じように持ってください。

とただただ言いたいだけなのです。


まとめ:ハーフはそろそろ差別用語として認識されてほしい

私にはハーフと呼ばれる子どもがいます。
でも親である私はハーフと呼ばれることにとても違和感を持っています。

なぜならハーフの〇〇ちゃんだと思って接したことがないからです。

我が子は我が子。ただただ可愛い愛する我が子。

最近ハーフですか?の質問には『そう言うカテゴリーらしいですね、一応。笑』と答えています。

だって親の私でさえ、ハーフのカテゴリーには納得していないわけですから。
それは世論が勝手に決めたことのようですね、と言う答え方しかできないわけです。

道を歩いているすれ違い際に『ハーフ??』って、聞かれて無視したときに
『なぁなぁ!人が喋ってるのに無視すんなや!聞いてるんやぞハーフか?って』って言われたこともあります。

そもそも他人にそう言う話し方をすることがタブーだと言うマナーやデリカシーの欠如が問題なのに、人の話に耳を貸さない私が非常識だと怒られたわけです。

ハーフという言葉にも問題がありますが
ハーフに対しての人権意識が低すぎる、という意味で

私はハーフは差別用語としてみなされるべきだと思っています。

さて、皆さんはどう思いますか?

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