ミリタリー

ミリ妻はどんな仕事ができるのか?働き方いろいろ

ミリ妻, 就職, 仕事, ミリタリー

現役ミリタリー妻のアメリカ人友達が、過去8年で10回引っ越した、とSNSに投稿していました。
そして今年の3月にサウス・カロライナから佐世保に引っ越し。
3年佐世保の予定が、オーダーが急に出て2019年の春にはバージニア勤務。

つまり腹をくくって佐世保に引っ越したのに、佐世保に滞在するのは1年だけでアメリカへ戻ることに。(彼女はアメリカ人なので、日本に行ったことなかった)

国内の引っ越しでも大変なのに、国を超えた引っ越しを1年後にすることになるとは・・・。
お察しします、としか言えません。

今日は、ミリ妻にとっては切っても切れない『仕事』について書いていきます。

関連記事:国境を超える転勤族!ミリ妻はどうやって仕事を探ば良いのか。
↑この記事を書いてもう3年以上経っていました。


この記事を読んで欲しい人:

– 一体いつになったら働けるのかと途方に暮れているミリ妻
– 働きたいけどまず何から始めればいいのかさえわからないミリ妻
– 働いたところで、すぐに転職しなければいけない生活に、嫌気がさしているミリ妻

この記事では:
実際にミリ妻で工夫をしながら働き続けてきた人の実例を紹介します。
というのも、経験・学歴・資格によって置かれる状況が違いすぎるからです。


実例1:ベースで事務員

名前:Kim
最終学歴:高卒
職務経験:お店のレジ
現在の仕事:ベースのIDを発行するオフィスで事務員のパート
子供:1人

Kimは度重なる引っ越し、夫の派遣で、『いつになったら私は働けるの!』とフラストレーションがたまっていました。
ふと、ミリタリーIDの更新の時、事務員さんに聞いたそうです。

『どうやったらあなたたちの仕事できるの?』『その仕事って違うベースに引っ越すことになっても続けられる?』と思いつく限り質問をしまくったそうです。

すると『ちょうど引っ越す奥さんがいて、今パートで空きがでるところだから明日インタビューに来てみる?』と誘ってもらえたそうです。
いつでも仕事が探せるように履歴書が常にパソコンに保存されている状態だったので、次の日の面接に難なく行けたそう。

『次のベースに行っても、また面接を受ける必要はあるけれど、経験があれば(すぐ引っ越しちゃう人も多いし)優遇されるわよ』と言われたそうです。
その言葉通り、Kimは次の引っ越し先のベースでも、窓口の事務員として仕事をしています。

Kimの場合は、『1. 仕事したい』気持ちと、『2. 勇気を出して聞いてみた』という事、そして『3. いつでも面接できるように履歴書が用意してあった』という3つの事項がうまく混じり合い、仕事に繋がった、ということです。


実例2:ベースのスタバ勤務

名前:Shannon
最終学歴:高卒
職務経験:ファッション関係
現在の仕事:スタバのバリスタ
子供:1人

Shannonは結婚する前、ファッション関係の仕事を長年続けていました。バリスタの経験はないものの、お客様と接する仕事を長年していたことになります。

『あ、スタバならどのベース・国に行ってもだいたいある!』というところに着目。
早速、アメリカ国内のベースでバリスタを始めました。

シフト制なので、時間に融通がききやすく、ベース内であれば、ミリタリー家族に対する配慮もしてもらえるので働きやすい環境だったそうです。

日本へのPCSが決まり、横須賀のスタバでも募集要項に応募し、仕事を継続できたそうです。

ここで注目したいのは『スタバなら国内・海外・そしてほとんどのベースにある』というところに着目して、バリスタの仕事についたということ。彼女の場合、最悪ベース内の募集がなくても、スタバならどこにでも存在するので、引っ越しても続けやすいところに気づき仕事を継続しています。


実例3:MyCAAプログラムを利用し、Pharmacy Technicianの資格を取得

名前: Celina
最終学歴: 職業訓練オンライン
職務経験:バーテンダー
現在の仕事:薬局
子供:1人

Celinaはスタバで働いていたShannonと同様の発想で、バーテンダーとして長年勤務していました。『シフトも組みやすいし、酒飲みのミリタリーの人なんてどこに行っても存在するから(笑)バーテンダーしてるの』と。

ただ、子供が学校に通い始め、夜ではなく日中の仕事に就きたいと思った時、MyCAAというミリ妻向けのプログラムを見つけ、オンラインで職業訓練のコースを受けたそう。

Pharmacy Technicianと言って、薬局で薬剤師のお手伝いをする仕事です。

MyCAA(Military Spouse Career Advancement Account )というプログラムは今でも存在するかわかりませんが、E1〜E5・W-1〜W-2, O-1〜O-2の配偶者であり、なんらかの資格を取りたい場合、約$4000の奨学金がおりる制度です。

Celinaはご主人が当時E-5だったので、その制度を利用し、オンラインでPharmacy Technicianの資格を取得。子供が学校でいない日中薬局で働いているそうです。まだ資格取得後PCSをしたことがないので、その後はわかりませんが、引っ越したとしても、ベースの病院内の薬局の求人に応募する、と言っていました。

ここで注目したいのは、『資格』を取得し、『就学した子供が学校にいる間できる職業』に目をつけたこと。


実例4:歯科助手、転職に苦労する

名前: Amy
最終学歴: 歯科助手養成学校
職務経験:歯科助手
現在の仕事:なし
子供:なし

Amyは長年歯科助手としてバリバリ働いてきました。CA州で歯科助手の資格を取得、州内のPCSがあった時は、そのまま次の勤務先でも歯科助手の仕事をすぐに見つけ、働いていました。

ところが、違う州にPCSが決まり、次の引っ越し先は1年のオーダー。そして1年ごまたCA州へ戻ることが決まっていました。
違う州ではその州の歯科助手免許に書き換えることが条件だったそうです。

Amyは『1年しかいないことが決まってるのに、免許の書き換えなんてやってられない!』となり、その州にいる間は働くことを諦めたそう。(ちょうど、子供を授かりたいと思ってた時期なのでなおさら)

なるほど、資格を持っていたとしても、州ごとにルールが違うと、大変な部分もあるんだな〜と知った瞬間です。とはいえ、免許の書き換えさえ行えば、働けたと思うので、やはり資格は強いですね。


実例5:大学院まで卒業したのに、一向に就職できずブログ開始

名前: Elizabeth
最終学歴: UCLA大学院
職務経験:なし
現在の仕事:ブロガー
子供:2人

Elizabethはご主人に出会う前、飛び級して22歳の時にUCLA大学院を卒業しているかなり頭のいいかたです。卒業後すぐにご主人と結婚。それ以降子供を2人授かり、ご主人が特殊なOfficerということもあり、1〜2年ごとにすぐ次の勤務地へ引っ越しされています。

カリフォルニア、ワシントンDC、チリ、ホンジュラス、日本。飛び回りまくっておられます。

『絶対一生働けない』『私大学院まで出たのに、職歴もない』と、とても悲しい思いをされてきました。

子どもの記録で始めたインスタにフォロワーがつき始め(とても美人でモデルのようなママです)発想の転換で、ブログをはじめたそうです。

すると、『抱っこ紐』の会社から、ブログ記事を書いてインスタに投稿してほしい、などという案件が舞い込むように。今では引っ越し先の旅行や食べ物、情報をブログにされています。

英文科の大学院を卒業されているので文才は素晴らしく、とても綺麗な文章を書かれます。飛び回る生活を、発信して報酬を得る形を取られています。

Elizabethは以前、どのベースでも働けるように、レジうちの仕事を紹介されたそうです。

でも『大学院まで出たのにレジ打ちなんて恥ずかしくてできない』

というネガティブな発想ばかりしていたそうです。
もともと好きだったファッション・写真を取り入れられるように、気晴らしに始めた『インスタ』と『ブログ』がまさか仕事につながるとは思わなかったそうですが。

『どこでも』『いつでも』発信・書ける仕事に満足しているそうです。
そして、『書き続けること』で、自分の文章能力を維持することができていることにも充実を感じるそうです。


まとめ

私が実際にお話ししたことのあるミリ妻さんの実例をあげさせていただきました。
それぞれの経験・生き方にあった仕事を次の引っ越し先のことも視野に入れつつ手にされているのが印象的でした。

個人的に印象に残っているのは実例5のElizabeth。

会った時に『なんて美人なんだ』と思って話してみると、とても上品で物知り。
飛び級で名門の大学院を出ていても、やはり苦労されていたんだな、と、少し身近に感じました。

5人の例に共通するのは

『自分の道を切り開く力』なのではないでしょうか。

その思いがあれば『チャンス』が舞い込む。

その『チャンス』を掴む力が試される。