アメリカ生活

核家族で育児:大変すぎて悔やんだ歴代瞬間ベスト5

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核家族。
社会の教科書にのってたっけ、的なワード。
なんとなく大変なんだろう、と想像はしていました。

が、涙が出るくらい大変だとは知りませんでした。笑

あ、もちろん家族間のゴタゴタが少い分、
核家族で良かった〜(笑)と思う瞬間もありますが。
(どっちやねん)

この記事では、核家族が子育てをする中で、大変すぎて核家族であることを悔やんだ瞬間ベスト5をお送りします。(要するにワースト5ですねw)


  • 我が家は大人2人・子ども3人
  • アメリカ在住なのでお互いの実家は飛行機の距離


第5位: 帰省、辛すぎてトイレで泣く。

実家は関西。
アメリカで住んでる街からの直行便がなく、どこかを経由して帰省します。
家を出発してから実家に着くまで、車・待ち時間・乗り換え時間・飛行時間を合わせると24時間ほどかかります。

一番ひどかった帰省は機内のトイレで泣きました。
その時の様子を書き留めます。

まだ子どもが2人の時(上3歳、下1歳ちょい)、大人1人で2人を連れて帰省です。
やっとの思いで離陸した瞬間(シートベルト着用指示はここから20分くらい消えません)
下の子オムツの中でウンチ。上の子「オシッコ行きたい」

搭乗直前にトイレ行ったのに!!!!!イライラ。

CAさんに事情を話してタイミングを見計らってトイレへGO。
なんとか席へ着いたら、下の子が出したらなかったであろうウンチ第二弾。

この時点で母ちゃん沸点だいぶ近い。

そして、機内食が出てきたはいいが、下の子1歳ちょっと。
なんでも触りたいので機内食をガッシャーーン。
(母ちゃん、もう白目)

そしてまだCAさんたちカート押して他の人の機内食運び中で助けてもらえない。。。
クソ狭い機内で、上の子のご飯を手伝いながら、自分のご飯を食べ、ガッシャーンされた下の子のご飯の処理。
(母ちゃん、もう泣きたい)

そして留めに、下の子乗り物酔いにて嘔吐。

しかも私の服にリバース。はい、母ちゃんの着替えは持ってきていません。笑
トイレのチョロチョロしか出ない蛇口で服をもみ洗い。

待ち時間や車移動の時間を含むと実家まで残すところ10時間。

母ちゃん、トイレで泣きました。


第4位: 夫が入院したとき、途方にくれた。

 

子ども3人。
まだ一番下が1歳になったばかりの頃、夫が入院。

(ちなみに様子がおかしくて夫を私が運転して救急へ連れて行きました。
深夜に寝ている子ども3人を叩き起こして病院へ同行させることに・・・。)

退院後もしばらく絶対安静に加え毎日のようにしていた通院が数ヶ月続きます。
完全なるワンオペ育児に、「介護」のような日々が加わります。

ゴミ出し。
お風呂。
寝かしつけ。
育児。
病院の送迎。
買い出し。
夫の身の回りのお世話(絶対安静だったので)。
芝刈り。
重いもの運び。

とにかく100%自分がやらなければいけない。
土日にはたまに夫がオムツ変えてくれていましたがそれも100%自分。
お風呂は分担してたけど、それも全部自分。
夫がやってくれていたこと、それも全部自分。
子どもを見ながら芝刈りをするのも自分。
子どもが○○やって〜と言っても「今、手が離せないからお父さんに頼んで」が完全にできない。

なんなら子どもと遊ぶことも許されていなかった夫。

大人1人動けない状態だと、こんなにも大変なんだ。と痛感。

普段も夫が仕事で忙しく、ワンオペって大変だな〜と思っていたけれど
大人1人がダウンすると、こんなに家庭が機能しなくなるのか!とびっくり。

辛すぎて、ベビーシッターさんに数回来てもらいました。

夫が子どもと遊ぶことさえできなかったので、
ベビーシッターさんに遊びに来てもらっている間に、
溜まっている家事をしたり
買い出しに行ったり、
私の病院へ行ったりしました。

3人いるので1時間20ドル。

痛い出費でも、仕方ないのです。
私まで倒れてしまったら、完全に機能しないですから。


第3位:乳腺炎、腱鞘炎、膀胱炎でもそのまま育児

第一子出産後、夫はまだ軍人でした。
この日はDutyと言われる夜勤で帰ってこない日。

私、乳腺炎で39度の熱。
その状態で赤ちゃんを連れて病院へ自力で行く。

なんなら抱っこしすぎの腱鞘炎、
授乳の途中におしっこ我慢して膀胱炎。

乳腺炎・膀胱炎・腱鞘炎ですね〜
お薬飲んでゆっくり休んでね。

と言われるも、そんなの無理。

ご飯なんて作れない。
おっぱいが痛すぎて授乳もうまくできず赤ちゃん泣きっぱなし。

夜勤で帰ってこない夫。

『私、このまま死ぬのかな・・・』『私、明日夫が帰ってくるまでもつかな・・・』
と不安な一夜を過ごしました。

自分がダウンしてもなお、止まってくれない育児。
こういう時に、1時間だけでも実家の母が来てくれて、寝れたらいいのに、と強く思います。


第2位: 流産。

 

私は流産の経験があります。
初期でしたが、今でも思い出すと泣けて来ます。

辛い。悲しい。痛い。

なんなら病院も子ども連れて行きました。

『残念ながら流産です』のお知らせを聞いて泣き崩れても
横には子どもが座っています。

夫と2人で泣いていても、横には子どもが「お腹すいた」と座っています。

お腹が空いてなくても
何も作りたくなくても
何もしたくなくても
どこにも行きたくなくても

子どもがいるので、そうはいきません。

そして、誰にも会いたくないので、ベビーシッターさんにも来て欲しくないから頼めない。

こういう時に、子どもを実家に預けて、1人になりたい。
子どもが常にいてくれたからこそ、それはそれで良かったのかもしれませんが
夫と2人で流産に向き合う時間が欲しいな、とも強く思いました。


第1位: 子連れ出産& 24時間で退院

 

3回出産を経験していますが、2回は子連れ出産でした。
幸い夫は3回とも立ち会うことができましたが。
アメリカでは第一子は48時間、第二子以降は24時間で退院です。スパルタ。

【2人目の出産】
2人目を生んだ時、あまりにも早く陣痛が進みヤバイ!と思い
お昼寝していた機嫌の悪い上の子を連れて病院へ。
そのまま分娩も一緒に。笑

機嫌が悪いのと不安なのとで、夫は子どもにつきっきり。
出産後、子どもが病室で寝てしまい、そのまま夫も上の子も病院で泊まる。
(アメリカは基本個室)

赤ちゃんは2~3時間ごとに起き、上の子にも夜泣きされ
一睡もできませんでした。

2人目の場合24時間で退院なので、そのまま退院。笑

 

【3人目の出産】
さすがに今回は、上2人を
友達に頼む予定が、LDR (分娩室) からまさかの携帯電波が通じない!!!!
というハプニングが。
『しゃーない!』と気持ちを入れ替え、上2人を連れたまま分娩。

子どもたちに黙っていてもらうために、(笑)
あらかじめ用意しておいたお菓子の大群をずっと食べさせ
時間制限なしでタブレットを与え
なんとかなりました。

ママと病院に泊まる〜という2人を今回はちゃんと連れて帰ってもらい(笑)
24時間で退院。

そのまま日常がすぐ始まり、自分の体が回復するまでは
お股の痛み、おっぱいの痛み、産後の貧血、後陣痛。

そんな中でも上の子たちの日常は普通にやって来るので
赤ちゃんが寝たら一緒に寝る・・・なんてできず。

体力的にはやっぱりきつかった。


まとめ

核家族の育児。

ナメテマシタ。

猫の手も借りたいとはまさにこのこと。

今回のベスト(ワーストw)5を見て思うのは、
やっぱり自分がダウンしている時は、さらにに辛い!ということ。

インフルエンザでそれでも休むな仕事行け!みたいなもん。
骨折しててもマラソン走れ!みたいなもん。
さっき出産したのに、はよ今から仕事いけ!みたいなもん。

やっぱり身近に助け舟があるって、いいな、と純粋に思います。

そのぶん、実家に帰省した時は
感謝してもしきれないくらい有難いと感じることができますが。

核家族、いいところももちろんありますが

心が弱った時は、もう無理、しんどい、やってらんねー!

みなさんの核家族、大変すぎて悔やんだ瞬間はどんな時ですか?

 

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